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2019年12月9日 - 書評のコーナー ~その62~

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むらさきのスカートの女

 

今年の芥川賞受賞作品です。年に二回選考されます。私、毎度のことですが、芥川賞受賞作品は、単行本ではなく雑誌の文藝春秋で読んでおります。なぜ、わざわざ文藝春秋かといますと、この本には芥川賞受賞選考委員の選評が載っているからなのです。

作品を読む前に、選評を読みます。選者は相変わらず勝手なことを言っております。曰く、ミステリアス。曰く、常軌を逸した人間の魅力。曰く、いびつさを愛おしさに変える語り。とにかく、前回のニムロッドのような不可解小説ではなさそうです。脈絡もなく飛行機の話が挿し込まれて、気が付いたらバベルの塔の中にいたなどというシュールな組み立てではなさそうです。エンタメ系の直木賞ですら、意味不明な作品がもてはやされる昨今ですので、芥川賞作品とくれば、どんな不可解小説が選出されてもおかしくないので、一層慎重になります。

しかし、読み始めてみると、意外と読みやすい。純文は芸術だなどと宣う大先生もいらっしゃいますが、なかなかどうして読みやすいです。三浦しおん・恩田陸並みに読みやすいです。が、読んでいてどうしてもコンビニ人間がかぶります。奇天烈な性格の人間と社会とのかかわりを書こうとすると、どうしても似てくるのでしょうか、一般人の集まる象徴としての商店街や公園で、いかにむらさきのスカートの女が奇異であるか綿密に描写しております。その舞台としての、一般人イコール公園というステレオタイプの設定は、誰も指摘してはいけない、純文学界でのフォーマットなのでしょうか。

エンタメではないので、多少のネタばらしも許されるでしょう。むらさきのスカートの女はやがてホテルに就職します。そこでの、従業員との諍いが物語の軸になって行きますが、筆者がホテル清掃員のバイトをしていたという経歴の割には、バックヤードの描写が淡白な印象を受けました。エンタメ小説であれば、これ見よがしに内情を書き連ねてお仕事小説路線にでもできそうなのですが、登場人物の心情を深くえぐることを是とする純文ではお仕事小説に脱線することは許されないのでしょう。

よくある、筆者の世の中への不満や一家言、思想的な主張などは一切ありません。語り手としての「黄色いカーディガンの女」が、観察対象である「むらさきのスカートの女」の行動をストーキングする行為を楽しむ、そんな小説です。漫画好きの私はいちいち文章を画像にして想像する癖がありまして、読んでいて「ストーキングでその距離感はないやろ」と突っ込みたくもなりましたが、もとより文体重視の純文学、そんなことはお構いなしに話はラストに走ってゆきます。走ると言っても、疾走感はありません。小走りです。バスに間に合わない時に走り出して、全然間に合わずにバスが発車してしまうくらいのスピードです。そして、例によって落ちがある訳でもなく、ざくざく伏線回収するわけでもなく、広げた風呂敷の端を少し畳んだだけで終わります。

そりゃ、純文は売れんわなと、再確認した一品でした。